今日、愛知県のどこかの中学校で
定期テストの順位を発表することを廃止したと聞きました。
徐々に広がっている気が致します。
赤穂では絶対に廃止して欲しくない。
私は順位をつけて良いと思っています。
例えば、宮城県の中学は「ゆとり教育」の頃に順位を廃止したが、いまでは公開しています。一例にすぎません。
何故なのでしょうか?
古くは「徒競走で順位をつけることが大事なのではなく、個性が大事なんだ」といった話から広がっています。
私は、徒競走でも順位をつけて良いと思っています。
順位をつけることで輝けること輝けない子がいるのも事実だろうと思うのです。受験のための相対的な立ち位置を知るために必要という立場よりも、
輝けない場合があったとしても「キチンと傷ついておく経験」はした方がよいと私は思うのです。
定期テストで順位をつけないのであれば、通信簿もつけてはいけないことになります。通信簿がなければ勉強よりも美術や体育が得意な子はどうなるのだろうか。
勉強が苦手だとしても体育が得意であれば「得意なことがある」と思えるのだろうと思います。
体育が苦手だとしても勉強が得意であれば「得意なことがある」と思えるのだろうと思います。
「個性」なるものは、自分を受け入れることが大事なんだと思います。自分を大事にすることが大事なんだと思います。
ちゃんと傷つかないと個性の発揮も何もないのです。
確かに、過度な競争によって疲弊するということはあるのでしょう。しかし、それは我々大人たちの責任です。
確かに、数字のみを追究し「良い点数」でしか「自分を保てない子」も登場する可能性ははらんでおります。
しかし、それは我々大人の責任です。
ちゃんと傷付けば良いと思うのです。
涙の数だけ強くなれるのは90年代育ちだけではないはずです。
死にそうになる体験をして強くなるのはサイヤ人だけではないはずです。
人は人からの評価から逃げられません。
きちんと傷つくことで他人からの評価をいなしていくことを学ぶことも大事です。
とはいえ、
やや難しい問題です。
高校生と「サードプレイス:子ども達の居場所」といった雑談を1時間ぐらいしながら、そんなことを考えておりました。