お祭りを頑張る地域は廃れない。
私の持論です。
祭とはなんぞや?みたいなことを考えてしまう性格です。
さて、、、
少子高齢化
地域社会の崩壊
祭もカタチをかえて存続させたいが、世の中、お祭り好きの人間ばかりでもなく、地域の関わりを嫌う人もいる。
世の中には面倒なことが多い。
それでもたまに思うことがある。
大きな祭がある地域は、地域へのこだわりがあるが故に面倒なこともある。しかし、エネルギーがある。それは御神輿的なトランス状態のエネルギーという意味でもない。
思うに。
勉強とは「関わる社会を決める旅」なのだと思うのです。
そのために所謂「勉強」をしておいた方が良いとは思う。
だがしかし、関わる社会がなんとなく決まった子から「所謂、勉強」を「しなければならない理由」は見当たらない。
高校入試平均倍率1.0倍の赤穂市周辺ならば尚更そうです。
中学校の先生たちに「この学年の半分ぐらいは高校へ行けない可能性がある」などと大きな声で発言していただければ、塾としては嬉しい。
風が吹けば桶屋は儲かる。
商売とは、不安を売ることが基本です。
だが、一方で、保護者の皆様に言いたい。
不安の源泉が、高校入試であるならば、そんな不安は一切ない。
競争などというものは高校受験に存在はしない。
さて。
もう時効だと思うから言っても大丈夫だと思う。
とある学校へイケていない中学生。
祭は楽しいのだとか。
それで良いのではないだろうか。
1日中、笛を吹き続ける辛さ。
1日中、獅子を舞うことのしんどさ。
これを身に染みて理解している私は、学校へイケていない子が、そのような場所を楽しいということに感動を覚えるのです。
例えば、そのような社会に関わって生きていく、社会と関わって生きていくというものがあるならば、
成績や点数だけに拘ることの不毛さが透けて見える。
不況
少子か
将来への不安
そういったことは考えなければならないのだろうが、
もっともっといろんなことを考えた上で思うのだが、
不安にかられてこのままではいけないと思うべきなのかもしれないのだが、
赤穂という街を観察していて、
所謂勉強をしなければならない理由はどこにもないのである。
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さて、
なぜこのようなことを描いたのか。
お花畑脳内で「祭りが1人の中学生を救った」と言いたいのだが、そんな分かりやすい話はない。
だけれども、
そういう側面もあるんだよ!!
とお祭りの維持に向けて頑張ってる人にちょこっと伝えたかっただけです。
祭。
神事だの伝統だの
そういうことが大事なのではなくて、
神事を前提にしてある程度本気で取り組むから、いろんな副産物がある。
といったことを言いたいのです。
継続の目的にはならないのだけど、
アナタ達が、非難轟々、陰で悪口、ほとばしる人間関係の面倒くささを体験しながら、本気でやってるから、
社会の役割が果たされているってことを言いたかったのです。
人は1人ではイケていけない事だけは決まっています。
社会の役割とは、人と人が面倒なんだけどなんだかんだ関わり続ける、という1点のみです。
ま。
伝統的な地域地名が社会だとはいいにくい時代だから、余計、面倒なんですけどね。